「私が我慢すれば、丸く収まるから」
「ここで言い返したら、また面倒なことになる」
そんなふうに、自分の気持ちを飲み込んできたことはありませんか。
家族だから大切にしたい。
できれば争いたくない。
でも、心の中では「どうして私ばっかり」と叫びたくなることもある。
優しくしたいのに、優しくできない。
相手の顔を見るのも嫌になる。
そんな自分に、また嫌気がさしてしまう。
人の心は、きれいな気持ちだけでできているわけではありませんよね。
看護師として30年、さまざまな方やご家族と関わり、私自身も家族や義家族との関係を通して、いろいろな思いを経験してきました。
その中で感じてきたことを、今日は少しお話ししたいと思います。
1.「私さえ我慢すれば」の裏にある、本当の気持ち
家族の中で、いつの間にか我慢する役割になっている人がいます。
誰かが困れば助ける。
家族の雰囲気が悪くなれば、自分が間に入る。
言いたいことがあっても、これ以上揉めたくなくて黙ってしまう。
そうしているうちに、周りからは「頼りになる人」「何でも分かってくれる人」と思われるようになる。
でも、本当はどうでしょう。
「私だって疲れている」
「たまには誰かが気づいてよ」
「どうして、いつも私が折れなきゃいけないの?」
そんな気持ちが、心の奥にたまっていませんか。
そして、ときには、
「あの人さえいなければ」
そんなことまで考えてしまうかもしれません。
でも、そう思ったからといって、あなたが冷たい人間だということではないと思うのです。
それほど苦しかったのかもしれない。
それほど長い間、気持ちを押し込めてきたのかもしれない。
人には、表に出している顔と、誰にも見せられない心の中があります。
その両方があって、人間なのだと思います。
2.相手にも事情がある。でも、分かり合えない人もいる
家族との関係で悩んでいると、
「相手にも事情があるから」
「悪気があって言っているわけじゃないから」
そんな言葉を聞くことがあります。
確かに、そうなのかもしれません。
でも、私はそれだけでは片づけられないこともあると思っています。
人はそれぞれ、性格も育ってきた環境も違います。
自分にとっては信じられないような言葉や態度が、相手にとっては当たり前のことだったりする。
こちらがどれほど傷ついていても、相手は傷つけたことにさえ気づいていない。
それどころか、何も気にしていないことだってあります。
こちらは何日も悩み、眠れないほど考えているのに、相手はいつもどおりに過ごしている。
そんなこともあるのではないでしょうか。
「話せば分かってくれる」
「いつか気づいてくれる」
そう信じて、何度も伝えようとする。
でも、残念ながら、どれだけ言葉を尽くしても分かり合えない人はいます。
どちらが正しいかという問題だけではなく、物事の受け取り方や大切にしているものが、あまりにも違うこともあるのです。
そして、分かってもらおうと頑張るほど、自分ばかりが傷ついてしまうこともあります。
相手を理解しようとすることと、自分が我慢し続けることは違います。
分かり合えないからといって、あなたの伝え方が悪いとは限りません。
相手が変わらないことまで、自分の責任にしなくてもいいのです。
ときには、分かってもらうことを手放す。
必要な距離を置く。
それも、自分を大切にするための一つの選択だと思います。
3.「ややこしい人」に見えた娘さん。その裏にあったもの
看護師として働く中で、私はさまざまなご家族と関わってきました。
その中で、今も心に残っている娘さんがいます。
その方は、お母様を大切に思い、ずっと病院に付き添っていました。
そして、医師に何度も説明を求めていました。
同じようなことを繰り返し確認されることもあり、その勢いから、最初は少し「ややこしい人」に見えてしまうようなところがありました。
でも、お話を聞いていくうちに、私自身の見方が変わっていきました。
娘さんには、ご兄弟がいました。
ご兄弟は病院に付き添って直接説明を聞いているわけではなく、それぞれに意見を伝えていたようでした。
娘さんは、その意見も受け止めながら、お母様のことを考え、何度も医師に話を聞いていたのです。
もしかすると、ご兄弟からいろいろ言われるたびに、娘さんは確認しなければならなかったのかもしれません。
もちろん、ご兄弟にもそれぞれ事情があったのでしょう。
でも、直接説明を聞いていない人が意見を言うことと、その意見を受けて実際に動くことは違います。
言う人は何人もいても、動いている人は一人。
そんな状況が、家族の中では起こることがあります。
最初は娘さんの言動だけを見て、少し難しい方なのかなと感じていました。
でも、本当にややこしかったのは、娘さん自身ではなく、娘さんを取り巻く状況だったのかもしれません。
お母様を心配する気持ちがあり、周りからはさまざまな意見が届く。
その間に立って、何度も確認し、考え、動いていた。
そう思うと、娘さんの強い言葉も、違って見えてきました。
私は、お話を伺う中で、
「ご兄弟からもいろいろな意見があって、迷われることもありますよね。何度も確認されるのも大変でしょうし、お母様のことを心配されているんですね」
そんな思いを伝えたように記憶しています。
正確な言葉は覚えていません。
でも、そのとき、娘さんの表情がふっと和らいだことは覚えています。
その後、私に向ける言葉や態度にも変化があり、信頼してくださっているのかなと感じるようになりました。
何か特別なことをしたわけではありません。
問題がすべて解決したわけでもありません。
ただ、目の前に見えている言動だけではなく、その人が置かれている状況にも目を向けた。
そして、私自身も、最初の印象だけで人を見てはいけないと改めて感じました。
「困った人」に見える人が、本当は「困っている人」なのかもしれない。
もちろん、すべてがそうとは限りません。
でも、人には、表に出ている言葉や態度だけでは分からない事情があります。
そのことを、忘れずにいたいと思っています。
4.苦しかった経験を、無理に美談にしなくてもいい
つらい経験をすると、
「この経験にも意味があった」
「苦労した分だけ成長できた」
そんなふうに考えようとすることがあります。
確かに、苦しかった経験が、後になって自分の力になることもあります。
人の痛みに気づけるようになったり、自分にとって大切なものが分かったり。
でも、私は、すべての苦労を無理に美しい思い出に変える必要はないと思っています。
許せないことは、許せないままでもいい。
思い出すと腹が立つことがあってもいい。
「あんな思いは、もう二度としたくない」
それも、大切な本音です。
ただ、その経験を通して、
「これからは、自分の気持ちも大切にしたい」
「もう、何でも引き受けるのはやめよう」
そう思える日が来るかもしれません。
苦しんだから強くならなければいけないのではなく、苦しかったからこそ、これからの自分を守ってもいい。
私は、そう思うのです。
5.「本当はどうしたかった?」と、自分に聞いてみる
もし今、家族のことで心が疲れているなら、少しだけ自分の気持ちに目を向けてみませんか。
例えば、家族に何かを頼まれて、本当は嫌だったのに断れなかったとします。
そんなとき、
「仕方ない」
「私がやるしかない」
で終わらせる前に、一度だけ自分に聞いてみてください。
「本当は、どうしたかった?」
断りたかった。
少し休みたかった。
ありがとうと言ってほしかった。
自分の都合も聞いてほしかった。
そんな小さな気持ちが出てくるかもしれません。
誰かに伝えるのは、まだ難しいかもしれません。
それでも、まずは自分だけでも、その気持ちを知ってあげてほしいのです。
怒りも、悲しみも、寂しさも。
なかったことにしなくていい。
自分の気持ちを認めることは、誰かを責めることとは違います。
そして、家族を大切にすることと、自分を大切にすることも、本来は両立していいはずです。
6.誰にも言えない気持ちがあるときは
家族の悩みは、身近な人ほど話しにくいことがあります。
友達に話せば、家族の悪口を言っているような気がする。
知り合いに相談すれば、余計な心配をかけてしまいそう。
だから結局、何も言わずに飲み込んでしまう。
でも、誰かに話すことは、必ずしも家族を悪く言うことではありません。
自分の気持ちを整理するために、話してもいいのです。
私は現在、ココナラでお手紙相談や占いを行っています。
ただ気持ちを聞いてほしい方もいれば、これからのことを考えるきっかけが欲しい方もいらっしゃると思います。
お手紙相談では、占いを使わず、お話を伺いながら気持ちを整理するお手伝いをしています。
占いでは、迷っていることを別の角度から見つめるためのヒントをお伝えしています。
どちらがよいということではなく、ご自身が今、何を求めているかを大切にしていただけたらと思います。
うまく言葉にできなくても、立派な相談内容でなくても大丈夫です。
「こんなことを思ってしまう自分が嫌なんです」
そんな気持ちからでも、お話しいただけたらと思います。
最後に
「私が我慢すればいい」
そう思いながら、これまで頑張ってきたあなたへ。
人には、優しい気持ちもあれば、怒りや嫉妬、悔しさもあります。
いつも穏やかで、何でも許せる人でなくてもいいのです。
私自身、人生の中でいろいろな人と関わり、簡単には割り切れない思いがあることを感じてきました。
人間って、そんなにきれいなものばかりではありませんよね。
でも、だからこそ、人の温かさが身にしみることもあるのだと思います。
今すぐ誰かを許さなくてもいい。
無理に前向きにならなくてもいい。
まずは、自分の心の中にある本当の気持ちを、少しだけ認めてあげてください。
誰かのために頑張ってきたあなた自身も、大切にされていい人なのです。
